JR常磐線富岡駅近くに、約7ヘクタールのブドウ畑が広がる。太平洋は目と鼻の先。ほんのり潮の香りが漂う。
ブドウ畑を望む線路沿いに、地元産ワインの醸造所とレストランなどを併設した「とみおかワイナリー」が5月17日、本格オープンした。
東京電力福島第一原発事故後には一時、全町避難を強いられた福島県富岡町。ワイナリーの目の前のブドウ畑は、10年ほど前には除染で出た廃棄物が保管されていた土地だ。
「ここから地域の未来を見据えた第2章が始まります」と代表の遠藤秀文さん(53)。失われかけた故郷の復興への思いを込めた。
町出身の遠藤さんは2007年、東京の大手建設コンサルタント会社を退職。地元に帰った。原発関連以外に産業が乏しい町を盛り上げたいと考えていたからだ。
仕事で海外を飛び回る中、世界各地のワインに魅了された。ブドウ畑が作り出す景色と、そこで生まれる交流をこの町でもと願った。父の起こした地元の建設コンサルタント会社で働きながら、週末にはワイン造りの適地を探して町内を自転車で走り回る日々を送っていた。
そんな時、東日本大震災が起きた。
津波は、建てたばかりの遠藤さんの自宅や田んぼだった土地を襲った。
やがてそこには、原発事故後の除染廃棄物を詰めたフレコンバッグが積み上げられた。「あの光景を見て、ここで畑をやろうなんて人は、1万人に1人もいなかったでしょう」
全町避難で町民は散り散りになっていた。
そこから遠藤さんと仲間たちの手作りの復興が始まった。
まだ避難指示が解除されていなかった16年、ワイン造りの夢に賛同した地元の自営業者や農家らと、所有していた山林と仲間の農地を開墾し、ブドウの苗木400本を植えた。「本当にこんなところでブドウができるのか」。放射線量などの安全性には問題がなかったが、ワイン造りはみな素人。人手不足で、イノシシに畑を荒らされたこともあった。不安を抱きつつ、避難先の福島県郡山市から2時間かけて通った。
翌年、福島第一原発に近い町…